文芸日女道

ある研究者のカフェに来る人々の交流のお話(13)

嬉しい再会の一コマ

今日は自宅で原稿を書いている。明日からはまた短期入院で、明後日は抗がん剤の投与を受ける予定だ。ようやく抗がん剤は最終の8クール目となった。今後の予定としては、年末年始は免疫の回復に努め、1月の月末に手術を受ける。

最近の大きな出来事と言えば、先日、仙台の東北大学で開催された日本生命倫理学会に参加してきた。癌が判明したときには既に企画演題の採択が決まっていたこともあり、抗がん剤投与のスケジュールを調整してもらいながら参加を予定していた。抗がん剤後に免疫が下がるピークは14日後で、そこから先は免疫回復時期になるため、抗がん剤投与から18日目にあたる学会には参加できると予想し、準備を進めていた。

しかし、抗がん剤投与後から10日を経過し、普段なら吐き気や痺れ等の副作用が落ち着いてくるはずが、38度近くの発熱を繰り返すようになった。抗がん剤投与から14日目に血液検査を受けたところ、白血球が正常値の最低基準の半分未満、さらに好中球が白血球の3割未満だったため、『好中球減少症』の診断が降りた。

好中球減少症の場合は、骨髄機能を活性化する注射を連日で打って、白血球を増加させる治療が行われる。担当医からは「注射を受けたら、体中の関節とかが痛くなるし、筋肉痛みたいになりますよ」と言われたが、痛みに耐える自信のある私は「大丈夫です。強い痛み止めもありますから」と答え、学会に安全に参加するためにも注射を希望した。

一回目の注射後、患者のブログ等で痛みについての情報収集をしていた母は、「痛くないの?」と何度も聞いて心配をしていたが、初日は余裕だった。少し腰が重い感じがするくらいだった。

二回目の注射後も意外に平気だった。しかし、夜の9時頃、ちょうど家族でドラマ『まだ、結婚できない男」を見ていた頃に、急に腰痛が始まった。10時を過ぎて、ドラマ『G線上のあなたと私』が始まったころには背骨全体が軋むような痛みとなり、ドラマのヒロインの恋が動き出しそうなクライマックスには、私は右と左に何度も寝返りをうったり、立った方がマシかと試したり、くるくる回りながら歩いてみたりしながら、気を紛らわせていた。眠れるか不安であったが、ペイン科から処方された強い痛み止めを就寝時に服用したところ、徐々に痛みも和らぎ、安眠を得ることも出来た。

私はペイン科を受診しているために、すぐに痛みの相談ができるものの、そうではない患者さんの場合は注射後の痛みにかなり苦しむことだろう。ペイン科の担当医は私の治療に合わせて丁寧に対応して下さるので、本当に感謝しかない。

3日目に血液検査を受けたところ、担当医から「すごいあがってますよ!白血球は1,300から5,200になってます。好中球も半分近くまで増えたし、もう注射は要りませんね。これで仙台も安全に行けますよ」と嬉しい診断をもらった。血液検査の結果の画面を見ながら、「本当に良かった」と繰り返す先生の笑顔がとても嬉しかった。

学会で私が担当するワークショップは12月7日の午前の最終枠だった。そのため、6日の夕方に神戸空港から仙台に向かい、翌日の朝に打ち合わせ(私の体調を気遣って、参加者は私が宿泊しているホテルで朝食をミーティングにしてくれた)をして、ワークショップを行った後、夕方には仙台から伊丹空港へ戻るという弾丸ツアーで学会に参加した。久しぶりの学会参加で、もしかしたら現地で懐かしい人に会えるかもしれないと考え、仙台に行くことを自身のフェイスブックにも掲載しておいた。

6日の夜に仙台のホテルにチェックインしたら、フロント係から「入澤様宛の封筒を預かっています」と言われて驚いた。すぐに中身を確認したところ、仙台大学の教授から著書と論文が入っていた。3月に一度しか会ったことがない先生は、私のためにフロントに封筒を託して下さっていた。
「もしかして」とフェイスブックを確認したところ、先生は仙台大学の忘年会で9時まで同じホテルにいることが分かった。チェックインした時間は8時半だったため、「これなら間に合う」と思い、宴会場の場所を確認して、すぐに先生の出待ちを行った。

9時過ぎに会場を出た先生にお会い出来た。先生は、「神の御心であれば、会えると思ってました」と優しい笑顔で話しかけて下さった。そして「会えた時には、私が一番大事にしているお守りを渡そうと思っていたのですよ」と言いながら鞄を空けて下さり、小さな木の枝のようなものを差し出した。先生は民俗学の研究をしていた関係でアイヌの人々と交流したことがあるらしく、その時に「これは毒だけど、常に目に見えないように持ち歩いていたら、必ずあなたを守ってくれる」と渡されたものだという。

「そんな大切なもの…治療が終わるまでお借りして、再会の時に返させてください」と言ったが、先生は「私が渡した御守りであなたが守られるならば、私もその加護を受けられます。だからこれはあなたが持っていて下さい」と言って下さった。私はそのお守りを、アレルギーが起きたときに自己注射するエピペンと共に今も持ち歩いている。

翌朝、ワークショップのメンバーが集まった。哲学専攻のカウンセラーの女性は私を見るなり、「報告があるんです!」と言い、「実は私、妊娠しています!今、八ヶ月です」と言った。彼女とは昨年から共同研究もしていて、ずっと連絡を取り合っていたのに寝耳に水だった。私が「聞いてなかったよ」というと、「会った時に言って、驚かせたかったのよ」と笑顔で返してくれた。

私は8月に釧路で開催された生命倫理フォーラムには現地参加することが出来ず、スカイプで参加をしたのだが、彼女は身重の体で参加をして私が企画したRTDを盛り上げてくれていた。他の先生が「だからね、釧路では大変だったのよ。体に変化が出てしまう時期で、でも仁美さん企画だったから参加したのよね」と笑っていた。

彼女は妊娠してから痩せたため、ニットワンピースでもお腹が目立たなかった。でも朝食中も「あ、今、蹴ってきました」とお母さんの顔になっていた。彼女の妊娠を無邪気に喜ぶ私に対して、3月に出産予定の彼女はきりっとした表情で言った。

「来年の学会、どうしますか?釧路は難しいけど、それ以外は5月も6月も、全部の学会に参加しますよ!あ、釧路は旦那ごと連れて行ったら、子どもを連れて参加できるかも…」

母は強し。私の治療は5月に一通り終了するはず。彼女に負けていられない。年末には、彼女と発表する来年の企画演題の予稿を作成しなくては。来年も充実した一年になりそうだ。

来年は完全復帰をして、飛躍の一年にすることが目標だ。

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