文芸日女道

ある研究者のカフェに来る人々の交流のお話(10)

主催者の闘病生活の開始

先月は私自身にアクシデントがあり、休載となってしまった。単刀直入に言うと、今私は「乳がん患者」という立場で入院している。ちょうど前日に抗がん剤の投与を受けて、微熱と発汗の中で本原稿を執筆している。

メディカルカフェを運営している私がまさか癌に罹患したことは、まるで物語の様であるが、現実である。腫瘍の大きさからすると、メディカルカフェを開始したときにはすでに癌患者だった可能性が高い。ただ私はメディカルカフェでがんサバイバーの話を聞いていたこともあり、癌を宣告されても冷静でいることが出来た。

私が若年性の乳癌かもしれないと言われたのは、6月に入ったばかりの頃だった。癌の確定診断が降りたのは6月のカフェの開催の約一週間前のことだったため、取り急ぎ「体調不良」を理由にカフェの中止の連絡を入れ、検査を勧めながら治療方針を固めることにした。この時はまだ「抗がん剤が開始する前に、あと一回はできるかな」等と考えていた。

しかし検査が進むにつれて、腫瘍の大きさが大きく、乳がんの中でも治療法がまだ確立されていないトリプルネガティブ型(女性ホルモンにより増殖する癌でもなく、分子標的治療が効<HER2型でもない癌)であることが判明し、「抗がん剤治療をできる限り急がないといけない」と言われた。そのため、カフェは無期限休止が決まり、事務局を担当している秘書さんが参加者にその旨の連絡を配信し、参加者から様々なメッセージが届いた。

温かいメッセージを読んで意外だったことは、参加者は私の癌についてあまり驚いていなかったことだった。むしろカフェ開催日の一週間前にカフェの中止の連絡が来たことから、怪我や風邪ではないと推測をされたようで、「ちょっと良くない感覚を覚えた」、「もしかしたら、と思っていたがまさか本当にそうだったとは」というような反応が返ってきた。やはりカフェの参加者にとっては、癌は身近な病気であり、「誰でもかかる病気」という認識があるようだ。

そして参加者の皆さんからは、「何かお手伝いができることがあれば」、「アロマテラピーで闘病中サポートできることがあれば遠慮なくご連絡ください」、「活動やお仕事を再開可能な時が来れば、微力ながら協力させて頂きます」等の温かく心強いメールが届き、検査と研究の整理に追われてバタバタしていた私の心の支えとなった。七夕の日には「七夕のお願いをしました」という素敵な連絡をもらえた。そして、私のカフェ活動を支えてくれていた秘書さんは、毎日の夕食の祈りの日課の中で私の癌の治療がうまくいくように祈ってくれているそうである。

私の今後の治療は、まず抗がん剤治療が半年予定で、その後1カ月以上開けて免疫の回復を待って手術、その後に放射線治療と続く。そのため、治療には1年程かかる予定で、カフェの再開は来年の夏か秋になると思われる。

私が癌と診断された時、もちろん家族は大変、ソョックを受けていた。私自身はショックというよりも、「癌患者」という自覚すらなかった。抗がん剤治療が始まって体に倦怠感や痺れがあっても、まだ自覚が芽生えていない。抗がん剤治療開始前に、ウィッグに髪が収まるように、約30年慣れ親しんだロングヘアを25センチ切った時でも、「治療が開始するんだな」と感じながら「この髪、せっかくならドネーション出来たらよかったのに」と思ったものの、やはり患者という感覚は湧かなかった。もしかしたら「患者」という感覚がないまま、これからも闘病生活は進んでいくのかもしれない。

ただ一っ言えるのは、今私が前向きに治療に取り組めていることである。そして癌を克服してきた参加者の存在、現在闘病中の参加者の存在も、私への励ましとなっている。秘書さんに私が「来年のお花見カフェはできないのかな」といった時には、秘書さんが「お花見もできるだけしよう。病院の近くが桜並木なんだから、放射線治療中でもできるよ。それに私は今年も仁美ちゃんと忘年会をするつもりだからね」と答えてくれた。

抗がん剤初日、病室に秘書さんが「闘病日誌を配信するから、元気な今の写真を撮らせてね」と現れた。そして秘書さんはカフェの常連参加者に対して、「仁美日記その1(2019年7月12日)」というタイトルで、カフェメールの番外編を配信していた。

ちなみに秘書さん方の差し入れは、ベリーダンスの衣装を着ている私と、カフェのキャラクターの白兎を組み合わせて、全面に写真を載せたティッシュケースだった。「これから抗がん剤なんだし、テンション上げていかなきゃ」と思ったそうで、朝から必死にティッシュ箱のサイズを測り、私の写真を印刷して、作成してくれていたようである。

今後、私が癌を克服する上では、前向きにいられないこともあるかもしれない。しかし、これから積み重ねていく経験により、当事者の気持ちにより寄り添えるようになるならば、それは研究者・入澤仁美に与えられた「ギフト」なのかもしれない。

カフェが再開した際には、また毎月の連載を再開させて頂きたいと願っている。それまでは治療の副作用がどのようなものになるのかが読めないのだが、原稿を書けるときには、私が闘病生活を通じて感じたことや治療の裏話などを不定期でも執筆をさせていただきたい。本エッセイは不定期掲載となると思うが、温かく見守っていただけたら幸いである。

今回のエッセイは、秘書さんが配信した「仁美日記1」に掲載された写真(カフェのキャラクターの白兎と共に、秘書さんも映り込んでいるお気に入りの一枚)と、髪を切る前のダンサーな私の写真で締めたいと思う。

カフェのキャラクターの白兎と共に、秘書さんも映り込んでいるお気に入りの一枚 髪を切る前のダンサーな私

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