文芸日女道

ある研究者のカフェに来る人々の交流のお話(4)

患者会を運営する人から学ぶこと1

兵庫県西宮市内で毎月開催している「メディカル・カフェ Le Moi(ルモワ)」の活動が、2018年12月で1年となった。振り返れば、私自身ががん経験者でないこともあり、私自身が参加者から学ばせていただくことが多い一年であった。

今年の3月からルモワに参加しているMさんは、悪性リンパ腫のステージ4bという、いわゆる「末期がん」の経験者である。彼女は現在高校生、中学生、小学生の3人の子を持つ主婦でありながら、「カモミール」という食事会形式の患者会を主催し、活動期間は五年に及ぶ。

出会った時のMさんは長い黒髪が印象的だったが、「ヘアドネーション」を行い、今はショートボブとなっている。癌を患ったことをきっかけに、Mさんは自分にできることを探し、ヘアドネーションを知った。寄付できる髪の長さの基本は31センチ以上の髪で、一つの鬘に20人から30人の人毛が必要となる。Mさんは抗がん剤治療で治療中は全部の髪が抜けてしまったものの、髪が生えてきてからは伸ばし続け、闘病当時にまだ小学2年生だった長女も、徐々に母親が置かれている状況を知り、母親の活動を応援するきっかけとなった。

Mさんと長女は「リレーフォーライフ」という日本対がん協会主催のがん研究や患者支援のためのチャリティーイベントにボランティアスタッフとして参加し、今年は母娘でヘアドネーションを行った。Mさんの長女は今年高校となり、将来は癌や難病に苦しむ人のための薬の開発に携わる研究をしたいと考えているという。

そして、Mさんは今年の4月からは、患者会だけでなく、手作りの下着作製のワークショップも定期開催している。彼女は様々な患者会やピアサポートの団体に参加するうちに、乳がん経験者が手術痕の恒常的な痛みやリンパ浮腫の後遺症に悩んでいることを知り、患者にやさしい下着の作製を行っている。

私はミシンを中学の家庭科の時間以来一切使っていなかったために、「裁縫やミシンの経験が全然なくてもワークショップに参加できますか」と確認をしたところ、Mさんから「定員を5名にしていますし、誰でも作れるように丁寧に教えますから大丈夫ですよ」と返事を頂き、8月のワークショップに参加させていただいた。

「乳がんの患者向け」と聞いたときに、私は乳房切除をした人のための外形を整える下着をイメージしたが、Mさんが作成する下着はコットン素材の布で肌を優しく覆うものであった。肩ひもがなく胸元で紐を結んで着用する形式のため、腕を上げる必要もないし、CT検査の時でも脱ぐ必要がない。個人指導状態で作り方を教えてくれたため、ミシンが苦手な私でも一時間ほどで下着を何とか作り上げることができた。

ワークショップ後にMさんに、「患者会に加えてワークショップまで運営するのは大変ではありませんか。お子さんの送り迎えもあるのに」と尋ねたところ、「もちろん大変だけど、がん経験者であるからこそ伝えられることもあると思うし、患者さんが病について安心して語れる場所をライフワークとして作りたいと思っています。」と語った。

さらにMさんは「患者会をしていても、一緒に運営をしてほしいと話すと、患者であることを知られたくないと言って手の平を返したように去っていく人が多くて。仁美さんは私の活動に興味を持ってくれて、一緒に患者会やワークショップの今後を考えてくれることが嬉しいんです」と話してくれた。Mさんのように、ライフワークにする覚悟で患者会やイベントを主宰している人は、日本ではまだまだ少ないと感じる。活動を存続させるためには、活動の趣旨に賛同してくれるスタッフや、活動を継続させる資金も必要となるが、Mさんはすべてを一人でこなしている。彼女はどんなに大変な時も

「今の私にできることの1つが、患者会活動でお話を聞くことで、今後は患者会をもっと発展させたい」と、いつかは地域の認定NP0を設立することを目標としながら、前向きに取り組んでいる。

私がカフェを開始したときには、ライフワークとして続けるか、カフェをどうしたいのかという青写真を描かないままのスタートだった。スタートから1年が経過して、運営方法の目途は立ったものの、「どう利用者の気持ちに寄り添うべきか」ということには日々悩んでいる。12月にはMさんのワークショップに協賛させていただいたが、「普段から締め付けない下着を探しているので、すぐ使ってみようと思っています」と笑顔で話される患者さんの顔を見ると、雑用しかしていない私でも温かい気持ちになれた。

Mさんは普段はとても活発で明るい人で、悩みを抱えているようには見えない。しかし、彼女にも彼女の物語と悩みがある。体調がすぐれないときに、下の子のおむつを必死に替えていたら、遊び盛りの上の子の相手を同時にすることができず、子供が泣く声が燐家に聞こえたら、「虐待をしているのではないか」と疑われて児童相談所に通報されたこともある。治療を受けるにあたっても、子供を預かってくれる場所がなく、日常生活に復帰した後も「母親が癌だから、子供が愛情を受けていない」と学校の担任から発言され、がんサバイバーヘの偏見を感じたこともあったという。

Mさんは「癌について本音で語れる場所がないことから生じる弊害をなくしたい」と話した。確かに、お互いを大事に思っていても、相手に気を遣うあまりに本音が出せず、「触れないようにしよう」という雰囲気が流れて溝ができてしまうことはある。もちろん逆で、病気の相手を心配して干渉しすぎることにより、溝ができるときもある。そのためMさんは、「患者、家族、友人、医療者が、相手の立場をもっと知ることができる契機になる場所があって欲しい」と感じている。

Mさんは「カフェに来ると、話せる場所があることの重要さを再認識できて、患者会をもっと頑張ろうと思うんです」と言ってくれた。カフェにはがん患者だけでなく、色々な立場の人が集まって2時間ワイワイとおしゃべりをしている。雑談から偶然にも病気についての話題になり、そこから病について全員で真剣に語るときもある。参加者の誰しもがカフェの主役となる。

2時間はあっという間に過ぎ、「じゃあまた」と笑顔で挨拶が交わされると、私は「カフェに参加してくれる人全員の物語を大事にしていきたい」と再認識する。

年末にあたり、事務局を担当する秘書さんが、利用者にカフェのキャラクターの白兎を使ったカレンダーを作製してくれた。来年も「笑顔で会いましょう」という気持ちを込めて、参加者に配布した。また新しい気持ちで、2019年度を駆け抜けたい。

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