文芸日女道

ある研究者のカフェに来る人々の交流のお話(6)

カフェの多様性について

今月のカフェで配布する来月のフライヤー(案内)のデザインに悩む今日この頃である。フライヤーは季節を意識したデザインにしているため、3月はひな祭りをテーマにしようと考えていたものの、桃の花のイラスト素材が一向に見つからない。ひな人形のイラストを見つけても、どう見ても梅か桜にしか見えない花が添えられている。「昨年はどうしていたか」と昨年のフライヤーを確認したところ、どう見ても梅っぽいイラストを使っていた。昨年は桃の花のイラストの梅っぽさを気にしなかったが、一年以上季節のフライヤーを作成し続けているうちに、細かいこだわりを持ちながらイラスト素材を探すようになったのかもしれない。

ところで、私がカフェを運営していることを知る人からは、「カフェでは主にどんな話がされるのか」、「がんと分かってから、どんな悩みを他者に共有したいと思うのか」というような質問をされる。そういう時には私は「病気の話に抵抗がある参加者がいないことは確かですが、カフェの話に大きな特徴や傾向はないですよ。集まって雑談をしているうちに、ふとモヤモヤしていることを吐き出せたり、自分が感じていることが他の人も感じていることと同じで特別ではないと気づく様子はあります」と答えている。

実際に、毎月どのような話が繰り広げられるかは、私もまった<予想ができない。毎回、毎回、参加者のテンションに任せられる形で、言葉と感情のセッションが繰り広げられている印象である。

もちろん、病に対する特別な悩みを抱えていない人もカフェに参加している。初回から参加しているCさんは、「カフェに参加するのは、ここに来るととにかく楽しいから」と話してくださった。

乳がん経験者のCさんは、いつも服装に合わせて可愛らしいネックレスをしている柔和な雰囲気の女性である。彼女は初回のカフェからの参加者で、手術から再発もなく約3年が経過しているため、痛みを抱えながらもがんを経験する前とほぼ同じ状態の生活に戻っている。Cさんはいつも笑顔で参加者の話を傾聴されているものの、私たちから話を振らない限り、自分から積極的に発言されることがなかった。そのため、私は「cさんにとってカフェは楽しいのか」と不安になることもあった。しかし、Cさんは毎月予約メールを入れて参加してくださっていた。

このような経緯もあり、「より深く参加者を知りたい」と思った私は、昨年の5月のカフェで「指定された10項目を盛り込みながら、自己紹介をすること」を提案した。10項目の中には、「カフェに参加したきっかけ」や「カフェに期待すること」というカフェに関する項目だけでなく、「趣味(どうして続いているのか)」や「苦手なこと(どうしたら克服できるのではないかと感じているのか)」や「理想の生き方をしている人」、「最近あった嬉しいこと」などの、参加者の。ハーソナリティをより深く知る契機になる項目も盛り込んだ。

この企画で一番盛り上がったのは、Cさんの自己紹介であった。cさんのプライベートは謎に包まれている部分が多かったため、参加者全員がCさんの自己紹介に期待する雰囲気となっていた。Cさんはそのようなプレッシャーにもなりかねない雰囲気の中、実に魅力的な自己紹介を披露して私たちを驚かせてくれた。

私たちはCさんの「カフェで発言をあまりしない=おとなしい」印象から、勝手にCさんは「家庭科が得意なインドア派だろう」と思い込んでいた。しかし、Cさんの自己紹介は、「趣味は体を動かすことで、泳ぐことや歩くこと、旅行に行くことが好きです」という完全なるアウトドア派の発言から始まった。

Cさんは学生時代にはワンダーフォーゲル部に属していて、山登りも水泳も大好きで、同じ部に所属していた御主人と結婚されたそうである。乳がんの手術を受けるまでは頻繁にプールにも通って、ひたすら泳いでストレス発散をしていたという。さらには、大河ドラマや映画を見るとその土地に行ってみたいという思いが強くなり、『龍馬伝』が放送されていた時には高知に旅行に行っていたという。

Cさんが「今、『西郷どん』が放送されていて、どんなところかなーと思っているので、今度は鹿児島に行くんです」と話を続けられたときには、参加者全員が前のめりになって、「え、鹿児島まで行くの?一人で?」と目を丸くしてしまった。

そのほかにも、「最近エレクトーンを再開して、来月は発表会にも出るんです」と話されたので、私たちはCさんのアクティブさに驚いた。ちなみに他人が勝手に持った印象というものは恐ろしく、Cさんの「苦手なこと」は「細かいこと」で、美味しいものを食べたりお洒落なものを見つけることは好きでも、料理や裁縫は大の苦手だそうである。

Cさんは、「どうやって面白おかしく過ごすか」を考えながら、毎日を過ごしているという。そして毎月の楽しいことの―つがカフェであり、毎月参加者の元気な顔を見て、参加者の話を聞いて、おいしいお菓子を一緒に食べることが楽しいと話してくれた。

また、Cさんは「最近あった嬉しいこと」として、Cさんがファンである歌手の槙原敬之さんのライブに行ったときのエビソードを話してくれた。Cさんは横原敬之さんががん検診の啓発のキャンペーンに参加されていたことが契機で初めてがん検診を受け、乳がんの早期発見に至ったそうだ。そして槙原敬之さんのライプに行くと、男性のカップルを目にするという。最初はCさんも稀有な存在として男性カップルを見てしまっていたが、会場が冷えてきた時には。ハートナーにカーディガンを掛けてあげるなどして相手を気遣う姿に「素敵だな」と感じ、Cさんはその人たちと一緒になって音楽に感動して盛り上がる時間を共有できたことがとても嬉しかった、と話してくれた。

最近は世間でも「多様性」という言葉が注目を浴びている。その一方で、私たちは無意識に少数派に対して偏見を有したり、自分と違う存在を警戒してしまうことが多い。しかし、色眼鏡で物事を見てしまっては、共通点や共感する機会をも失いかねない。

様々な立場の人が、様々な理由でカフェに参加している。運営者として、カフェを「がんをはじめとする病に興味を持つ多様な人を受け入れられる場所」にしていきたいと私は考えている。そのためには、「患者や家族はこうあるべき」「この人はきっとそう」というような視点から、私自身が縛られてはいけない。

そう思った今、来月のフライヤーに使えそうなイラスト素材を見ると、桃の花のイラストの精度にこだわっていたことがおかしくなり、「3月には桜も梅も咲いているし、3月の要素の詰め合わせで、ひな人形と一緒でもいいか」と感じられた。

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