縮小社会 第7号 入澤仁美医学博士追悼記念号

《入澤仁美先生を偲んで》学会懇親会会場でお声をかけられました

川崎 志保理
(順天堂大学医学部)

1 出逢い

(心臓血管外科学講座病院管理学研究室先任准教授)

入澤仁美先生と私との出会いは、東京の日本赤十字看護大学広尾キャンパス内で開催された日本臨床倫理学会第4回年次大会の懇親会会場でした。

2016年3月5日のことであります。私が入澤先生にお声を掛けられたという状況です。そこで名刺交換をして少々お話をしたのがはじめです。その日のうちに以下のメール(一部抜粋)をいただいて、その後の交流となりました。

「はじめてメールをさせていただきます、京都府立医科大学の医学生命倫理学教室の入澤仁美です。黒のワンピースにピンクのジャケットを着ていた者です。今日は、先生と少しでしたがお話ができて、本当に嬉しかったです。学会に入会をしたかったので懇親会に参加したものの、どうやって先生方とお話をしたらいいのか分からず、おどおどしてしまっていました。「臨床倫理の資格を」という川崎先生の言葉に心を打たれ、思いきってお声をかけさせていただきました。」

ここにありますようにピンクのジャケットがとても会場で映えていましたので私もよく覚えておりました。映えていた洋装とはうらはらにとても純粋なこころをお持ちであることはこのメールからも実際にお話をしていても感じ取ることが出来ました。この声掛けはご本人からしましたら清水の舞台から飛び降りるような心境だったらしく、のちのちことある毎に「人生初めてのナンパ」(不謹慎な表現をお許しください。故人の言葉をそのまま引用させていただきました)と表現されていました。

この出会いの流れをみただけでも、入澤先生は積極的で見た目にインパクトがあってでも純情そのものという人であることが伺われることでしょう。入澤先生をご存じの皆さまはきっと頷きながら読まれていることかと存じます。

2 博士課程

さて、この出会いをきっかけにメール交換が始まり、将来計画として大学院修士課程を卒業したら次は博士課程に進みたいという希望を述べられ、それならばぜひ私の所属する順天堂大学医学部病院管理学の大学院博士課程に進学されてはいかがとお勧めしたのが、順天堂大学との関りになりました。病院管理学の小林弘幸主任教授(漢方や自律神経で皆さまご存じかと思います)は、入澤先生の経歴や直接お会いしての印象で、ぜひ病院管理学の院生になっていただき、今後は順天堂大学で研究や教鞭を担っていただく人材であると即決され、私がその指導の大役を任せていただくこととなりました。小林教授ほどのひとをたった1回の短い時間の面談でうならせてしまう入澤先生のバイタリティには本来指導者であるはずの私も刺激を受け、自己研鑽を積まなければという気持ちにさせられました。順天堂大学大学院博士課程の研究生としての入学は、時はあたかも2016年5月1日のことであります。初めてお声を掛けられたのが同年3月5日のことですから、あらためて述べるほどではないかもしれませんが、素敵な俊敏さですね。

順天堂大学院生となってからは、「急性期病院の終末期入院患者に対するエンドオブライフのケアの実情の研究」をテーマに活動を開始して、ご自宅の兵庫県と順天堂大学のある東京都との間を行ったり来たりの生活が始まりました。私は当時は順天堂医院の医療安全管理室にデスクがありましたので、そこにある電子カルテを閲覧する際に看護記録の見方など、同じく当時在籍していた櫻井順子看護課長、事務員らとは入澤先生の持って生まれた人当たりの良さでとてもよい人間関係が構築されたと思っています。改めて、入澤先生と交流を持たれた順天堂のスタッフにも感謝申し上げたいと思います。

入澤先生は学会活動にも非常にアクティブでいらっしゃることは皆さまご周知かと思いますが、順天堂大学での研究の成果を「医療の質•安全学会第13回学術集会パネルディスカッション終末期の患者のケアに必要とされるヘルスコミュニケーションの検討2018/11/25」でご発表いただきました。おりしも、前述の櫻井氏と筆者とで座長を務めさせていただきました。

3 病気との闘い

ここからは病気との闘いの話になります。大学院の講義の受講や電子カルテの閲覧に順天堂大学の通学と研究は順風満帆に進んでいた矢先でした。正確な日付は覚えておりませんが、2019年5月の末だったと記憶しております。いつものように、私のデスクのある部屋で電子カルテ閲覧をして帰宅する前の帰り際の雑談の中に、右胸にしこりが以前より(実際には2018年夏から気づいていたようです)存在しているなどの話をされました。医師としての私への医療相談という雰囲気はなく、入澤先生ご本人は軽く話されたのかもしれません。私の専門は小児心臓血管外科医ですが、それでも入澤先生からの話の内容は非常に重大な疾患の予見を余儀なくされるものでした。地元での受診、順天堂での受診のどちらでもよいのですぐに受診するように伝え、詳細に関しましては控えさせていただきますが、2019年6月10日には順天堂医院を受診され、治療は地元の兵庫医大で内科的、外科的治療を行うということになりました。兵庫医大入院中はたまたま仕事で兵庫医大を訪問する機会がありましたので、2020年1月29日にお見舞いにお伺いしたのを覚えております。

病気の進行が認められても、ご自身の強い思念のもとあらゆる可能性を調べて導き出し進んでいかれました。私も医師として非常に厳しい予後は感じておりましたが、入澤先生の命に対する強いお気持ちを目の当たりに拝見して、まずはご本人の意思と意向を尊重しようという気持ちにさせられました。大学院は2021年3月で卒業ですが、休学とせず対面式が原則のポスターによる中間発表は、指導者の私が代行発表することを前述の小林教授経由で医学部長にご承認いただき実現しました。ここで強調しておきますが、ポスターをはじめ後述の博士論文はすべて入澤先生ご自身単独で完成させたものであることは敢えて言及したいと思います。プレゼンテーションの方法のみ大学側に配慮してもらったということです。しかし、病状は進行して、ワープロの操作がままならない状況を入澤先生ご本人からお聞きするにあたり、休学の選択肢はないものの間に合うのかという気持ちに小林教授も私自身もなっていたことは事実です。

しかし、入澤先生は最後までやり遂げました。2020年10月30日14:30-15:00順天堂大学始まって以来のwebによる学位審査が行われました。こちらも小林教授と医学部長の取り計らいにより実現しました。大学としてその人に沿った方法でという気運が生まれました。直前に発作が生じるというハラハラもありましたが、本番は“立て板に水”とはまさにこのことというプレゼンテーションで見事に全てご自分の力で合格を勝ち取りました。「天晴れ!」の一言でした。

4 博士論文要旨

博士論文要旨を以下に示します。

急性期病院で看取られる終末期患者の
エンドオブライフケアにおける課題の検討 1)
A Study of the challenges of End of Life Care for Terminal
Patients in Acute Care Hospitals.

入澤仁美・小林弘幸・櫻井順子・唐澤沙織・川崎志保理
兵庫医科大学先端医学研究所(細胞・遺伝子治療部門)
順天堂大学大学院医学研究科

日本では都市化や核家族化に伴って在宅死が減少し、今や病院死の割合は約80%にものぼり、急性期病院でも終末期患者のケアの充実が課題となっている。急性期病院である順天堂医院の看護記録には、終末期の患者特有の苦痛を表す表現として、「身の置き所がない」という表現がしばしば使われている。本稿では、J大学付属病院で看取られた患者の、臨死期の電子カルテの内容を確認し、「身の置き所がない」というアセスメントがされた経緯をまず考察し、考察の結果、看護師は患者に発現している終末期患者に特有の苦痛が、進行中の治療では十分に症状緩和ができていないという判断をした場合に、「苦痛の原因を早急に特定し治療の幅を広げる必要がある」ことを含有した表現として、「身の置き所がない様子」という表現を使用していた。このような場面において必要な緩和ケアの在り方について、倫理的観点から考える。

5 学位授与

卒業式は2021年3月10日で大学に来られる人にはその場で学位記の授与が行われるということでした。卒業式に参加できない卒業生は3月20日に学位記が発行されるということでしたが、こちらも病状から1日でも早くということを今度は大学側から提案いただき、私が入澤先生の地元に赴き代行で学位記授与を行わせていただきました。学位記と一緒に写っているホッとした笑顔が忘れられません。

6 素晴らしい人生

学位授与後は、順天堂大学非常勤助教として順天堂大学保健医療学部の講義を担当され、学会参加、論文や原稿作成など精力的に活動されましたが、以下の2022年1月1日のメール(一部抜粋)が最後になりました。ワープロを打つのもおぼつかない中で、最期まで礼を尽くしていただきました。

あけましておめでとうございます(明けましておめでとう)
昨年ならば年賀状を自粛してましたが、また連絡をお待ちしています(o’V`o)
・・・自力血液回復できるように努力します(‘・w・‘)

この約2週間後に、ご両親が見守る中で令和4年1月15日午後1時2分に天に召されました。

ご両親さまにおかれましては断腸のお気持ちとお察し申し上げます。仁美さんは最期までおこころだけは病魔に屈することなくご自分の信条をつらぬかれた素晴らしい素敵な人生をおくられたと言葉をかけさせていただければと存じます。

これまで歩んでこられた数々の業績、いただいた数々の元気に感謝し、このような素敵な娘さんを育ててこられたご両親さまへ仁美さんのご冥福をお祈り申し上げたいと存じます。

謝辞

入澤仁美先生の学位論文要旨の掲載にあたりましてご許可を賜りました新田國夫氏(日本臨床倫理学会理事長)、本投稿に多大なご協力をいただきました小林弘幸氏(順天堂大学医学部病院管理学研究室教授)、ならびに貴重なお写真のご提供をいただきました櫻井順子氏(順天堂越谷病院看護部長)に感謝の意を表します。

引用文献
1)IrizawaH,KobayashiH,SakuraiJ,KarasawaS,KawasakiS.AStudyofthechallengesofEndofLifeCareforTerminalPatientsinAcuteCareHospitals.(急性期病院で看取られる終末期患者のエンドオブライフケアにおける課題の検討)JournalofClinicalEthicsNo.9:5-19,2021

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